おきがるみがる

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ネット上で人の写真を偉そうに批判する輩に物申す!

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今日のボツ写真は、道路を走るクルマと自転車乗りを撮ったものです。

F7.1・1/80秒・ISO100と、光量は十分あったはずのシーンなのですがブレてますなw

僕はシャッターチャンスを見つけ次第、構える間もなく片手でシャッターを切るという撮影をよくするのですが、1/80秒じゃブレるようです。それを悟って今は1/160秒に設定して撮っています。

俗に言う「アレ・ブレ・ボケ」ってこういう感じの写真なんですかね? ボケの要素は少ないですが、今見直すとちょっとだけかっこいいかもって思えてきました。

でも、あまりにも何が写ってるのかわかりませんねw ゆえにボツ写真なわけでございます。


Yahoo!知恵袋って見てておもしろいですよね。

投稿したことはないのですが、いろんなお悩み事や、その解決方法の提案があってタメになります。

様々なジャンルがあるのですが、特に夜や下の話題が賑わっているイメージです。僕個人としては見てて飽きませんなw

今日はそんなYahoo!知恵袋の投稿を元に記事を書きました。SNS上で公開した写真を偉そうに批判されたというお悩みです。

わかりやすく書くために、誠に勝手ながら投稿の一部を転載しております。もし投稿者の方がご覧になられ、不快な思いをされたのであればお申し付けください。

「共通点は『趣味=カメラ』」に関するお悩み

Yahoo! Japanのトップにある「みんなのアンテナ」では、ある特定のテーマについて書かれたホットな投稿がピックアップされておりまして、今日たまたま見たら「共通点は『趣味=カメラ』」がテーマでした。

僕も写真が趣味ですから周囲にどういうお悩みを与えているのか当然気になります。というわけで、読んでいるととても言及したくなる投稿がありました。

m.chiebukuro.yahoo.co.jp

こちらの投稿です。まずはトピ主と回答者の投稿をご一読くださいませ。

写真について偉そうに指導する知り合い

投稿された内容を要約するとこんな感じですかね?

  • ミラーレス一眼で撮った趣味の写真をFacebookに投稿していた。
  • 自称・写真を少しかじり人という男性が「あんたの写真は退屈。フォトショで彩度とコントラストを上げろ」とコメントした。
  • さらに投稿者の写真を全否定するようなコメントを言いまくり。

この話題提議に対して投稿者を擁護する投稿が並んでいました。

そして僕も投稿者を擁護します。「この男は偉そうに何言ってんだ」って思いました。

レタッチにルールは無い

退屈だから彩度とコントラストを上げろ?

その男性は、私の写真はコントラストが甘く退屈、彩度も低く地味だから、フォトショップを使って彩度とコントラストを調整してからアップした方が良いと言うのです。

僕も写真によっては、眠たい雰囲気ならコントラストを上げ、派手さが足りなければ彩度を上げる程度のレタッチはします。

でも「~した方が良い」と他人から指摘される筋合いはありませんよね。フォトコンの審査員にでもなったつもりでしょうか。少なくともSNS上でするやり取りとしては、えらく上から目線ですね。

影は濃くするのが一般的?

影は濃くするのが一般的で、私の写真は影がグラデーションになってるから芋臭い、つまらないんだと言われました。

影は濃くするのが一般的なのですかね? 少なくとも僕は知りませんでした。

たとえそれがセオリーだったとしても、どうしてそれを守っていなければダメな写真と決めつけられるのでしょうか。

セオリーは失敗を減らすことに役立っても、それが正解とは限りません。むしろセオリーに拘束されて自由な写真を撮れず、ありふれた写真ばかり撮ってしまうのではないですか? そっちの方がつまらないですよ。

撮りたい写真は人によって違う

私が撮りたいのは見たままの印象を残した写真で、彼の求めるものとは違うと思います。

その男性にとっての正解は、投稿者から見たら不正解です。逆も同じです。つまり絶対な正解はありません。撮影者だけでも「これは良い写真だ」と思えば良い写真なのです。

仕事で撮った写真であれば、クライアントの意向に従わなければなりませんし、意図しない失敗写真だってあるでしょう。

ただ、趣味の写真にSNSの閲覧者が、ここまで人の写真をけなすのはどうかと思います。読んでいて僕も腹が立ちましたね。

レタッチに頼り過ぎは注意!

投稿者の書いた内容から察するに、この男性はフォトショップを使ってがっつりレタッチした写真こそが正義って感じのようですね。

僕はよくレタッチをお化粧に喩えます。レタッチは写真を印象的に見せる手段としてはとても有効です。レタッチの手法を学ぶことで作品の完成度はグンと高くなるのは確かです。

ただ、僕は写真も女性も薄化粧の方が好きです。ガッツリしたお化粧は確かに「まぶいぜ!」っていうインパクトを与えますが、一線を超えると「作り物」のような感じを覚えます。

1つの作風として割り切るなら良いと思います。ただ、常習化してレタッチに頼り過ぎるのは危険を感じます。

まるでお化粧を覚えた女性が「もうスッピンじゃ人前に出られない!」という風に、レタッチをしていないスッピン写真で勝負できなくなるかもしれません。

もしかすると行き過ぎたレタッチは厚化粧を超えて美容整形になったりして! どこかの国では整形が一般化し過ぎて、女性がみんな同じ顔というのを聞いたことがあります。

おっとっと、厚化粧だの整形だのと言ってたら女性の方にお叱りを受けるかもしれませんのでこの辺にして……。

僕が言いたいのは、人の手を加える以上、理論に従えば従うほど、オリジナルを大衆化したつまらないものに変えてしまう可能性があるということです。

ネットで批判することの愚かさ

それにしてもネット上には批判したがる人が多いですね。実を言うとかつての僕が批判したがるタイプだったのですが。

必要な批判の声はあります。それでも自分がさも偉い立場の人間かのように、上から目線で人を批判するのは、はっきり言ってダサいです。

何故なら批判は馬鹿でもできるからです。反対のことを言えばいいだけですしね。そんな馬鹿でもできることを偉そうに言って悦に浸ってるようじゃ三流もいいところですよ。

と、書いている時点で、僕が「批判する人」批判をしているので矛盾しているようなのですが、こういう時ぐらいは許してください^^;

一生懸命、誠実にやっている人が馬鹿にされているのは見ていて気持ちが良いものではありません。黙っていられませんよ。

批判せず、ポジティブ且つ謙虚に

僕もかつてネット上で偉そうに持論を展開して、努力している人を馬鹿にしたような発言をしたことがあります。そのことを今でもひどく後悔しています。

そのことを恥じて、持論をもって偉そうに批判するのは一切やめ、ポジティブ且つ謙虚な姿勢で物事を見るように心がけています。

自分が「う〜ん、これはイマイチ……」と思ったものでも、何か意義を見出して、プラスに発展させていくことの方が、建設的だと思ったのです。

例えば「これはダメ、こっちが良い」という批判をするのではなく、「これも良いけど、こっちも良いよ〜」という言い方にするとかね。

だから今回のケースも僕なら、「良い写真だね。でも彩度とコントラストを上げるともっと良く仕上がるかもよ!」ぐらいのアドバイスに留めます。

でも、結局自分の価値観を押し付けちゃいがちなんですよね。まだまだ修行が足りません……^^;

おわりに

最終的にネットのマナー講座みたいになっちゃいましたが、写真に正解も不正解もありません。前述の通り仕事で依頼された写真や、フォトコンの審査対象は別ですがね。

だから撮った写真を批判されようが貶されようが、その写真を気に入っているのであれば誰も文句を言う資格はありません。

これは写真のみならず、あらゆる芸術作品においても言えることです。

ネットを「風当たりの厳しい世界」と自覚して、その中で鍛えていくという考え方もありますが、もう少し寛容な世界になったらな〜、とつくづく思いますね。