おきがるみがる

「お気軽&身軽」をテーマにした雑記ブログ。趣味はコンデジでスナップ写真です。

平成2年生まれのネット史(仮)

お正月にNHKで平成ネット史(仮)という特番が放送されました。

僕も視聴しまして「うわっ懐かしい!」と思う内容がたくさんあり、またそれらは当時インターネットの世界に入り浸っていなかった人には全く理解も共感もされないことばかりでした。

「他にもこんなことがあったなぁ」と連鎖的に思い出すこともありました。そこで平成2年生まれの僕が見てきたネット史を書いてみることにしました。

本当はオンエアを見てすぐにアップできたらと思っていましたが、1月が終わる直前になっちゃいました。オンエアのことを少し思い出しながら、もう一度昔のことを振り返りましょう。

パソコンとの馴れ初め

物心のついた頃からデジタル機器に囲まれて育った人をデジタルネイティブといい、逆にデジタル機器に疎い人をデジタルディバイドと言います。

僕はデジタルネイティブではなくデジタルイミグレイトに属します。原住民ではなく移民。すなわち後からデジタル機器の生活に馴染んだ人というわけです。

デジタルイミグレイトの定義は様々あり、僕が大学で学んだ説だとギリギリネイディブではないという話でした。その定義は失念しましたが、おそらくWindows 95の発売で個人がパソコンやインターネットを使う時代になった時に就学していることが条件でしょうか。

僕が小学校中学年か高学年になる頃には学校でパソコンを使った授業が始まっていました。

そこで習ったことといえば電源のオンオフ(テレビみたいにスイッチで簡単に点けたり消したりできないということ)、一太郎を使ったワープロソフト、フロッピーディスク、Yahoo! キッズを使ったインターネットの使い方でした。

今やパソコンは持っていて当たり前のツールになりましたが、当時は特別な家庭しか持てないものだと思っていました。近所に住んでいる仲の良かったお兄ちゃんは裕福な家庭で、遊びに行くと初代iMacがあってパズルボブルをしていた思い出があります。

Windows Meに鍛えられる

そんな我が家にもパソコンがやってきました。OSはWindows Meでございます。

パソコンに詳しい人ならご存じでしょうが、Meはドジっ子として有名です。旧世代のWindows 98の方が安定感があったのではないでしょうか。

Internet Exploreのウィンドウを3枚開こうものならフリーズしてブルースクリーン、そして強制終了です。今日びのパソコンでは考えられないですね。起動時のスキャンディスクとか懐かしいものです。

Meがあまりにドジっ子過ぎるので、使っているうちにパソコン使用中のトラブルにやたらと強くなりました。

インターネットの世界へ

最初はダイヤルアップ接続でインターネットをしていました。起動に数分要し、その間に「ピポパポ、カリカリカリカリ、ヒョロロロロー、ティウーンティウーン」ってやつです。

ちなみに電話とインターネットが同時にできるISDNの回線でした。その頃CMで「ISDNはじめちゃん♪」って流れてたのでISDNという単語だけは知っている人も多かったでしょう。

契約していたネット会社はライブドアでした。しかもまだプロ野球球団買収とかホリエモンとか言われてなかった時代で、メディアで取り上げられるようになったのはもう少し後です。

父親がインターネットをしている最中に国際電話に繋がって多額の請求を食らったことがあったそうで、その経験から母親はライブドアに不信感を抱いています。ライブドアはもちろん濡れ衣ですが、後にテレビでライブドアの話が出てくると「国際電話の」って関連づけてましたね。

公式サイトだけを見るように教えられた

国際電話の経験もあってか、母親からはテレビ番組などの公式サイトだけを見るように教えられました。あるいはYahoo! Japanのトップページからハイパーリンクだけでアクセス(ネットサーフィン)できるサイトだけに限定されました。検索エンジンを使って自由に泳ぐと危険なサイトに辿り着くという考えですね。

当時テレビでUSO⁉︎ジャパンという番組がありました。TOKIOの国分くんが司会で、タッキー&翼と嵐が出演していた番組です。ジャニーズ好きの姉と一緒に見ていました。

番組内容は心霊をはじめとするオカルトものからローカルネタまで、噂や秘かな話題になっているネタを取り上げる番組です。

その番組の中で「マサイの戦士」という乳飲料が取り上げられ、その独特なCMと商品の珍しさから僕はどハマりしてインターネットで商品の公式サイトへ。

紹介アニメーションを見ていたところ突然パソコンが動かなくなりました。今後幾度となく経験する初フリーズです。父を読んできて直してもらいましたが、その間ずっとモニターに映し出されるマサイ族のキモやかスマイルが妙に恥ずかしかったのを覚えています。

あと先ほど挙げたUSO!?ジャパンは、公式サイトの掲示板に噂や情報が書き込まれて番組内で取り上げるという手法をとっており、その掲示板もよく見ていました。

FLASH動画との出会い

僕がインターネットを自由に見て回るようになったのは、あるネット関連の雑誌に掲載されていた特集を見てからです。その特集とはFLASHを使った動画やゲームでした。

そこにはラサイトや砂糖水HPの作品が紹介されており、URLを打ち込んで見に行ったらば新しい世界が待っていました。

ラサイトの作品ではドラえもんの絵描き歌、オラエモンシリーズ、砂糖水HPの作品ではサザウェさんやペリーのお願いといった超有名どころからハマっていきました。

今でもネタにするFLASH動画

思い出のFLASH動画は挙げ始めるとキリがありませんが、ここで今でも友だちとの間でネタに使う作品をば。

宇宙刑事ギャバソ

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ラサイトの名作、宇宙刑事ギャバソ。元ネタは言うまでもなくギャバンです。

「ネカマなんだろ? チガウヨ〜」までがテンプレ。

ここがあの女のハウスね

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使われている絵はWHITE ALBUMというギャルゲーの立ち絵なのですが、音声は宮崎吐夢という人によるものです。

宮崎吐夢は劇団大人計画の団員です。大人計画といえば宮藤官九郎や阿部サダヲが有名ですが、僕は宮崎吐夢で知りました。

「彼を返して、彼を返して、彼を返して、諸田誠返して」までがテンプレ。

デビュー

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同じくWHITE ALBUMの立ち絵に宮崎吐夢の音声をあてた作品。

下ネタばっかりなので使い所注意です。「もう堅物なんだから〜(以下略)」「一皮剥けなさいよ、文字通り〜」

日本ブレイク工業社歌(逆再生)

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日本ブレイク工業という解体業社の社歌がネット上で文字通りブレイクしたのですが、この歌は逆再生するとやたら寒がっているおっさんの歌になるという空耳が話題になりました。

「うおおおお、冷えるっ!」。冬によく使います。

ブラクラをきっかけに掲示板へ

FLASH作品を集めたFLASHリンクがたくさんありました。「おもしろFLASH倉庫」とか呼ばれているのがそれです。

bakakato.alink.uic.to

僕は友だちに教えられた「もうね、アホかと」というFLASHリンクをよく使っていました。このタイトルは吉野家コピペが由来ですね。閉鎖しちゃいましたが、サブである「馬鹿かと」は残っていました。

FLASHリンクは誰でもFLASH作品を登録できるのですが、時々悪意を持ってウイルスに感染するURLなどを登録する人もいます。

僕はそこでブラクラを踏んでしまいました。ブラクラとはブラウザクラッシャーと言われるもので、無限にウィンドウを表示させるなどしてインターネットブラウザを正常に動作できなくさせる悪意のあるプログラムです。最近はブラウザの性能が上がったおかげかブラクラの被害ってあまり聞きませんね。

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その時踏んだブラクラはCRASHMEと呼ばれる超有名なもの。青いスマイルマークが一面に並んだウィンドウが縦横無尽に動きまくるのですが、Alt + F4キーで閉じると小さくなって30枚に増殖して動きまくる、さらにその内の1枚を消すとまた30枚増えて……という消せば消すほど増えるという仕様です。

そういったものがリンクに混ざっているといけないので、見つけた人は掲示板の中にある削除依頼スレに書き込むというルールで、僕もこのブラクラを報告しました。これが僕にとって初めてのインターネットでの発信でした。

そこから掲示板の住人と仲良くなりました。使っていたマウスパッドが犬の写真だったので「犬」というハンドルネームで書き込みましたが、本名から「祥」と名乗るようになり、「祥」という漢字が示す偏に羊なので「しめすひつじ」、短くして「しめひつ」と現在のハンドルネームに至っています。

その後SNSとかで「アホかとにいた祥さんですよね?」と声をかけられることも時々ありました。「何でわかったんだ」と思うこともありましたが、久しぶりの再会って感じで嬉しかったですね。

もうね、アホかとはもう閉鎖してしまい(サブの「馬鹿かと」は残っているようですが)、掲示板のURLも紛失しまったのでこれから同窓会的なのは実現できなさそうですね。

この記事を読んだ人で「アホかとの掲示板にいたよー!」って人はコメントしてください。懐かしみましょう。覚えてなかったらすみませんw

(笑)→(藁)→w→草生える

最近「草生える」というネットスラングが流行っていますが、この語源は「w」が芝生のように見えて「草生える」に転じたものとのこと。

「w」も「笑」→「wara」の頭文字が転じたもので、昔はネット住民しか使っていなかったのですが、誰でも使うようになっちゃいました。

でも実は「w」の前にネットで使われていたものがありまして、それは「藁(わら)」でした。僕もその当時は使っていましたが、今使うと時代錯誤と言われちゃいそうですね。

ある意味草に1番近かったりして……。

ブラスターの脅威

www.is702.jp

既に閉鎖したもうね、アホかとですが、それ以前に閉鎖危機がありました。管理人さんが掲示板に捨て台詞を吐いて失踪したのです。結果的に帰ってきまして管理人さんが言うには、「ブラスターのせいで再起動を繰り返しストレスが溜まっていた」という理由でした。

ブラスターはMSブラストとも呼ばれるウイルスです。ウイルスに感染したパソコンから、近似したIPアドレスのパソコンに対して一斉に大量の通信を行い感染を拡げるというもの。インターネットに繋いでいるだけで感染の危険のあるウイルスです。

注目されたのはウイルス本来の目的よりも副作用の方で、攻撃が行われた後にパソコンが強制的に再起動されるのです。これは想像するだけでイライラしますよね。

ブラスターが流行していることに加えて、ウイルス全般が流行る2003年8月の間は僕はしばらくパソコンとインターネットを自粛しましたが、無意味なものでした。なぜかというとブラスターに感染するのはWindows XPであり、僕が使っていたWindows Meは感染しなかったからです。

Meはそういうところで安全なOSなんですよね。Windows 98以前だとパソコンご臨終確定のCONCONクラッシュというブラクラにも対応できますし。ただ、平常運転でしょっちゅう再起動してましたが……。

FLASHからバンプのファンに

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ブラスターに脅える必要がなくなり、僕はインターネットを再開。その頃にハマったのがBUMP OF CHICKENの楽曲を使ったFLASHです。

元々何作品か見ていて知っていたのですが、ちょうどその頃の夕方にドラマ「天体観測」の再放送がやっていて、それも後押ししてバンプのファンになりました。このドラマ、曲がドラマにタイアップしたわけではなく、曲からドラマ制作に転じたというケースなんですよね。

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K、天体観測、ラフメイカー、ダンデライオン、ハルジオン、グングニル、グロリアスレボリューション、リリィ、ベンチとコーヒー、DANNY。他にもあると思いますが、鮮明に思い出せるのはこの辺りですね。

バンプと出会ってバンドや楽器に興味ができましたし、その出会いを作ったのはFLASHでした。著作権的なところでグレーな話題ではあるのですが、少なくとも今の僕をつくっている大きな要素になっています。

個人サイト作りに挑戦

もうね、アホかとの掲示板の中で、ハムスター島というサービスを使って個人サイトを作ることが流行っていました。

個人サイトを初めて作ったのは2003年9月17日。ハムスター島はサイトの作成日が表示されるためはっきりと覚えています。そこで日記、すなわちブログをスタートさせます。

その後Yahoo! ジオシティーズに移転してHTMLを身につけていきます。この経緯がなければ今こうしてブログを書いていないかもしれませんし、はてなブログでSentenceというテーマも存在していなかったことでしょう。

ちなみにこのサイトはまだ検索エンジンからアクセスできるのですが、Yahoo! ジオシティーズのサービス終了が決定していますので、サービスもろとも黒歴史は消滅することになっています。

FLASHリンクも運営

サイトのコンテンツのひとつとしてFLASHリンクも運営しました。多くのFLASHリンクはUICのサービスを利用しており、無料で誰でも簡単に作れちゃいます。

そのFLASHリンクの名前は「アルマジロ」にしていました。音の響きだけです。他のFLASHリンクとの違いは、登録パスワードを設定して僕だけがFLASHを登録できるようにしていた点です。

第三者の登録を許すといたずらもあり得ますし、何より僕が気に入らないFLASHが登録されたりカテゴリーや続き物の順番がごちゃごちゃになったりして秩序が壊されると思ったからです。つまりは僕が見る用のFLASHリンクを作りたかったわけです。

完全自己満足なFLASHリンクとはいえ、登録数はかなりの数に及んでいたためアクセス数はそこそこあったと思います。しかし、しばらく運営を続けるうちにリンク切れが多発してきたためやる気を無くして更新を終了、閉鎖することになりました。

mixiの登場

個人サイトの運営はその後も続き、「楽天市場」というブログサービスも並行して運営しました。

僕が高校生になった頃、mixiが登場します。mixiは招待制且つ18歳以上でないと登録できないというハードルがありました。

もうね、アホかとに居た年上の住民さんから紹介してもらい僕も登録しました。もう時効だと思って公言しますが、16歳を18歳と年齢詐称してやってましたね。誕生日が来たら年齢を18歳に戻してました。

いつの間にか高校の同級生の間にもmixiブームが広まり、マイミクが増えてました。僕の日記はほぼ毎日かなりの長文で更新されるため、友だちの間で授業中の暇潰しに読まれてました。

年齢詐称するわ授業中に携帯いじるわ不真面目な……いや、自由な校風ですね。

YouTubeの登場

高校に入学する前後ぐらいにYouTubeの存在を知りました。サービス開始が2005年2月なので、たぶんサービスが始まってすぐぐらいですね。

今やテレビや音楽業界を脅かす程の大規模な動画サービスになりましたが、当時は海外アーティストのPVぐらいしか見るものがなくて、日本の動画がアップされていてもローマ字で検索しないとヒットしませんでした。

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子どもがなりたい職業にユーチューバーが上位にランクインするそうですが、そんな面影は全然ありませんでした。僕が最初に見た動画は友だちから見せられたSTRATOVARIUSのHunting High And LowのPVか、アンジェロ先生の動画ですし。

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アンジェロラッシュを見てユーチューバーを目指すという子どもがいたら……全力で応援しますw

ニコニコ動画はγ時代から

YouTubeと並ぶ動画サービスといえばニコニコ動画。僕はγ時代に登録をしました。

今はどうかわからないのですが、当時は入場制限があって古参ユーザーの方が優先して動画を見られるという仕様でした。

登録したばかりの頃は何を見ていたのかあまり覚えていませんが、アニメや東方Project関連のMADが多かった気がしますね。

www.nicovideo.jp

古くから有名な動画でいえばテニスの王子様ミュージカル(通称テニミュ)はかなり大笑いしましたね。普通に見たらなんとも思わなかったのでしょうが、コメントでここまで動画が変わるのかって感じです。

特に好きだったのが「演奏してみた」のジャンル。ひろのーさんやうp主さん、[TEST]さんなどの動画を何度も何度も見ました。

あとボーカロイドもニコニコから火が付きましたね。最近のは全然聴かなくなっちゃいましたが今でもボカロ人気は健在です。まさかボカロPから出世して紅白歌合戦の出場者が出るとは……。

Karimono

実は演奏してみたもボカロも、ニコニコ以前からネットに発信している人がいます。音づれないのKarimonoさんです。

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FFシリーズの戦闘曲をギターで演奏した動画が有名で、ギャルゲーの音楽もアレンジして演奏した同人DVDを出すなど活動されていました。

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そして初音ミクの登場よりも前にヤマハ製の音声合成ソフトを使って作品を作っていました。

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かなり先見の目がある方でしたが!その作品を最後に失踪。ネット上では自殺したのではないかと噂されていましたが、いきなり復活して今度は本人が歌ってましたw

Twitterの登場

話はSNSに戻ります。大学進学頃までmixiは続けていましたが、その頃からTwitterにハマりました。

twitter.com

始めたキッカケはライトノベル作家の杉井光のツイートを見るため。当時『さよならピアノソナタ』が好きだったんですよ。杉井光の代表作である『神様のメモ帳』はアニメ化しましたが、『さよならピアノソナタ』は版権的に難しいでしょうね。どれだけ楽曲使用の許可を取らないといけないんだか。

短文投稿のシステムはmixiもTwitterに影響を受けて「ボイス」という機能がありましたが二番煎じ感がバリバリでしたね。Twitterの覇権は今日まで続いています。

3.11とSNS

大学2回生を終えた春休み、昼間に家でのんびりしていたところTwitterに「揺れてるwww」「食器棚倒れたwww」といったツイートがたくさん並んでいることに気付きました。

食器棚が倒れるとは尋常ではないということで、急いでテレビを点けると東北の悲惨な状況が映し出されているではありませんか。そう、この日は2011年3月11日、東北大震災です。あの時の衝撃は忘れられませんね。大津波警報のガチさを思い知らされました。

それにしてもこの時「揺れてるwww」とかツイートしていた人たちは、大変なことになってるのにツイートするとは何という根性なのだろうと思いましたね。

www.youtube.com

少しSNSとは違いますが東北大震災の中でも「FPSやめれないんだけどwww」って人もいました。

SNS、特にTwitterの流行は自分の近況や思ったことを発信しやすくなり、またフィードバックを得やすくなりました。震災に関するツイートは同じ危機に陥っている人同士で勇気づけ合ったり、情報の共有という面で大活躍しました。

また、この時電話回線が不通となりネット回線の有用性が取り上げられました。こうした経験から開発されたのがLINEです。発信したメッセージに対して既読が付くことで、返信がなくても生存確認ができるという点で画期的でした。

ファイル共有ソフトの功罪

ネットは著作権侵害の温床でもあります。代表的なのはファイル共有ソフトです。WinMX、Winny、Shareなどが有名で、僕はCabosというソフトを使っていました。

ファイル共有ソフトとは、文字通りユーザー同士でファイルを共有するというもの。インターネットでファイルをダウンロードする時は、アップロードされたサーバーからダウンロードするというのが通常です。この場合のダウンロード速度はユーザーの回線が太くても、サーバーからの回線が細ければかなり低速になってしまいます。

ファイル共有ソフトはサーバーを介さないP2P通信を使います。これは1対1ではなく複数対複数、つまりデータを持っている人全員が手分けしてデータを欲しい人たちに送信します。データを持っている人が多ければ多いほどダウンロード速度は速くなるというわけです。

データの共有方法は簡単で指定するフォルダにデータを入れておくだけ。ファイル共有ソフトでダウンロードしたデータはその指定フォルダに保存されるため、ダウンロードが終わったら次は送信する側に回るという仕組みです。

このように大きなデータであってもダウンロードが容易になったということは、動画や音楽データも簡単にやり取りができてしまいます。また、管理者のいるサーバーへのアップロードとは異なり、誰がアップロードしたのかということが証明しづらいです。著作権侵害のデータが多数やり取りされて、ファイル共有ソフト=著作権侵害のレッテルが貼られてしまいました。

キ○タマウイルス

こうやってファイル共有ソフトで甘い蜜ばかり吸う輩どもを成敗するためか、あるいはただの愉快犯か、ファイル共有ソフトを使用するユーザー向けのウイルスも生まれました。

その代表的なものがキン○マウイルス。○に何が入るかは見出しと合わせてお察しくださいということなのですが、正式名称はAntinnyと呼ばれるウイルスです。

ファイル共有ソフトは上述の通り、指定のフォルダ内のデータのみ共有するシステムですが、このウイルスに感染すると指定フォルダ以外のデータも共有してしまいます。パソコン内にある個人情報や機密情報も暴露されてしまうということです。

被害者の方を考えると取り上げるべきではありませんが、このキ○タマウイルスの被害として「けつ毛バーガー事件」が有名です。詳細を知りたい人はググってください。

イカタコウイルス

あと大々的に報道されたファイル共有ソフト由来のウイルスとしてイカタコウイルスというものがあります。

イカタコウイルスは動画や音楽データに偽装されており、これをダウンロードして開くとパソコン内にある動画や音楽データがイカとタコの画像に上書きされるというもの。つまりファイル共有ソフトで不正に著作権のある動画や音楽を収集している人に成敗を目的としています。

このイカタコウイルスは通称で、正式には原田ウイルスの亜種とされています。元祖のウイルスでは開くと原田と名乗る男が表示された原田ウイルスと名付けられました。この原田さんはウイルス作成者でもなんでもない無関係な人だそうです。原田カワイソス。

原田ウイルスは当時流行していたアニメの画像を使った「らき☆すたウイルス」や「CLANNADウイルス」といったバージョンもありました。これも著作権侵害をする人を懲らしめる目的があったのでしょうが、これらのウイルスもアニメの画像を使っており著作権侵害ですよね。実際後者のウイルス作成者は著作権侵害で逮捕されています。アホス。

収益化が進むインターネット

そろそろ最近の出来事になってきて懐かしさを感じなくなってきましたので締めに入りましょう。

僕が中高生だった頃と、現在のインターネット。大きな違いはといえば発信のほとんどが収益化されていることです。そして発信者の多くが収益を目的としていることです。ただの趣味として始める人ももちろんいるでしょうが、副業目的で参入する人の多いこと多いこと。

僕が中高生の頃に見ていたFLASHやニコニコ動画のMAD作成者って、おそらく暇な大学生とかだったと思うんですよね。何の得にもならないが暇つぶしに作ってアップしたら皆が見てくれた。そんな感じでしょう。

そんな人たちが大学を卒業して社会人になるとネットでの活動を控えるようになり、それを見て憧れを抱いた人たちが模倣した作品を作りはじめたのではないでしょうか。

僕も高校生ぐらいまではニコ厨でしたが、大学生の途中ぐらいからニコニコ動画は急激におもしろく感じなくなりました。なんか似たような動画ばかりになってきたんですよね。

それぐらいなら僕の目が肥えてしまったで話が済むのですが、動画やブログで稼げることが世間に広まると急激にコンテンツがつまらないものになりました。ユーチューバーなんかその典型でして、動画をアップする目的が見る人を楽しくさせることや感動させることではなく、自分が金を稼ぐことにシフトしたのです。そりゃつまらん。

実際僕もお金目的でブログを書いているところがあるので人のことを言えないんですけどね。でも収益を気にする前と後では記事の質ってだいぶ変わりました。おそらく収益を気にし始めた後の方が見た人の役に立つ情報を書いているのでしょうが、擦れすぎておもしろくないものになっていると思います。昔の方がどうでもいいことばかりでもおもしろい内容だったんじゃないかな。

おわりに

今回はあまり記事の構成とか深く考えず、思いついたことをダラダラ書くことに徹しました。初心忘れるべからずと言いますが、僕の初心はどこにあったのかなと思うと、友だちとFLASH動画を見て笑い合うことだったのかもしれません。

いろいろ知識を仕入れてやってきたブログですが、むしろ退行することも良いのかもしれませんね。今やネットに溢れてるコンテンツはそうしたノウハウで固められてコモディティ化してきている気がしますから。それではおもしろくありません。

ターゲットをしぼっておもしろいコンテンツを提供するにはどうすればいいか。そんなことを悩みながらこの記事を閉じることにしましょう。長々とありがとうございました!